私は専門2年に入り、そろそろ今後の進路を考えなくていけない時期に入っていた。しかしどの業種で働きたいとか無かった私は「何とかなるだろう」という考えであまり就職活動に精を燃やすことはなかった。私は相変わらず暇な時はスロットをして、週5でアルバイトを詰め込み、生計を立てていた。そんな中スロット業界にも激震が走った。今までの4号機スペックが廃止になり、出玉性の低い5号機が主流になるとのことだった。今までAタイプスペックの台は閉店残り15分前の悪あがきに「ジャグラー」を打つ程度で「なんとも盛り上がらないスペックだな~」と感じていたほどだった。それがメイン機種になるという事で「もうスロットの時代は終わった」という話が飛び交っていた。案の定、5号機に入れ替わるとスロット客は衰退し、彼らはパチンコや公営ギャンブルへ流れていった。スロット1本の私もいくつかの機種を打っては見たものの1撃性が無く、ちょろちょろと増えていくメダルに魅力も感じなくなっていった。4号機までは30分もあれば数万勝ち取れたのに今では1万円勝つのにも時間を取られるストレスに「これだったらやらなくてもいいかな」と一時期スロットをやらない時期が続いた。

そして私は特に目指すものはなかったが友達の後押しもあり、ベンチャー企業に就職した。晴れて社会人になった私は仕事を覚える事に必死でギャンブルからも遠ざかっていった。しかし仕事に慣れてきて徐々に体と気持ちに余裕が出来てくると、またスロットに行きだすようになった。周りの友達もまだ学生が多かったことから休日は彼らと一緒に5号機が出た当時よりかは射幸性の上がった新5号機スペック(ドンちゃんシリーズ、鬼武者、リングに賭けろ等)を楽しむようになっていった。



スポンサーリンク

社会人になってから数年間は休みの日や仕事帰りにスロットをして、パチンコや競馬好きの友達といればパチンコや競馬をするような生活が何年か続いた。学生ローンの借金は毎月少しづつ返済していき、気づけば残り1社まで減っていた。この頃は学生時代に比べて収入も上がり、借金を重ねるほどギャンブルにはのめり込んではいなかった。それほど5号機になってからは還元率も高くなかったことから負けてもそこまで追いかけなかった事も理由の1つだったかと思う。同時に新しい彼女が出来たり、新しい趣味が出来るようになったりとプライベートが充実していく事でギャンブルをする時間が徐々に減っていったが、ギャンブルをやりたい衝動やギャンブルがやれないストレスは抱える事はなかった。

しかし社会人4年目に入り当時好きだった彼女と別れ、暇を持て余すようになると私のギャンブル脳が再び開花し始めた。当時遊んでいた仲間は全員ギャンブラーで遊び人であったことから遊ぶことと言えば昼間はパチンコ、夜は歓楽街で飲みに行く事が当たり前だった。夜の遊び代は昼間のパチンコで稼いでその日を無料(タダ)で終わらすことになぜか美学に感じていたりもした。

そして私自身、会社の人材が必要になると暇を持て余らせている周りの仲間に声をかけ、会社に引き入れたりもした。もちろん仕事としての人選はしたが仕事帰りや休憩時間の会話などは常にギャンブルの話になり、今までよりもギャンブルが自分の近い場所に存在するようになってしまった。

スポンサーリンク